今回は普通に怪談話をしたいと思います。
これは友人から聞いた話です。
・・・・・・・・・・・・・
「御免ください。部屋は空いていますか?」
しばらくすると女性が現れた。
「この時間ですから食事はご用意できませんが,それでよろしければ・・・」
案内された部屋は母屋から20mほどの廊下で繋がっている離れにあった。
「こちらです。どうぞ」
8畳和室に大きな窓のある板の間がある、一人には十分すぎる大きさだ。
荷物を床の間に置き,上座の座布団に腰を下ろした。
「入浴後にビールか酒をお願いします。」
7月に信州のある町を仕事で訪ねたときのことだが,予定より時間をくってしまい,1泊を余儀なくされたのだ。
周辺には設備の良いホテルなどはなく,手洗いは共同の古い旅館のみ。
他に宿泊客はいるのかはわからない。
汗を流して部屋で涼んでいると,先ほどの女将さんがビール,酒と漬物を用意してくれた。
着物姿で品があり,60を少しこえたくらいだろうか,丁寧な応対だった。
時間は11時を回っていた。
「こんな田舎にお越し頂き恐れ入ります」
「なに,仕事ですよ」
「朝食は7時からとなりますが」
「ありがとう」
瓶ビールの栓を抜こうとすると,女性が言った。
「あのう,ひとつお願いがあるのですが」
「なんでしょうか」
「いえ,こんな田舎ですので,あくまで噂話で…」
「ええ」
「カワヤの…妖怪…なんです…」
「妖怪?カワヤの?」
「田舎の旅館ですので手洗いは自然の川で流します」
「風情がありますね」
「ただ…」
「ただ?」
「時々妖怪が下から覗いて,いたずらをするらしいんです」
「はあ?」
「でも大丈夫なんですよ。下をじっと見ていれば,出てきませんから」
「それは面白い。私はそんな逸話が大好きなんです。」
「…」
「ありがとう女将さん。もう休んでください」
部屋の明かりを消して電気スタンドの灯りで見積もりの下書きを始めた。
「まったくとんだ1日だった…だが絶対に注文とってやる…」
お酒を飲んだせいか,手洗いに行きたくなった。
手洗いは,離れの裏口から下駄に履き替えて5~6mの距離にあった。
古い木製の扉を手前に引くと,ギギ・・・,
電灯のスイッチを入れた。
「そうだ,女将は下を見ていればいいと言ってたな」
視線を下に向け,男子用に入り,用を足すことにした。
「これだけか…」何も起こりはしない。
「なんだ,女将は大袈裟だなぁ」
地元の言い伝えを素直に守る自分に悪い気はしなかった。
離れに戻り,続きの作業をしていると酒が切れてきた。
「眠るとするか,やれやれ…」 ビール2本と酒2合。適量だ。
「さて寝る前に最後の…」
手洗いに向かった。
そして先ほどと同じ儀式を済まして,問題なく1日を終えるはず…であった…。
彼は思わず「あ~疲れた」と,背伸びをする姿勢で背を反らし,天井を見たのだ。
動きが止まった・・・
そこには,首より先の男の顔らしきものが,天井角から下を見つめている…。
眼球や皮膚の大半が欠落しており,顔面下部の筋肉組織が赤黒く露出している…
しかも1つではない。
個室に1体,手洗い場に2体…
青く縁取られたシャボン玉のような気体の器の中に,1つ1つが浮かんでいるように見えた。
「ううう…」 あ,足が動かない…
彼はなんとか離れに戻り,朝が来るのを待った。ひたすら…,息は荒かった。
・・・・・・・・・・・
(20年近く前に川西の飲食店オーナーから聞いた体験話を再現しました。この後の女将とのやりとりはどうなったのか興味のあるところです・・・)
これ以来,お寺や神社など古い造りの手洗いに入ると天井を見てしまいます。
※画像と文面の内容とは全く関係がありません。
この記事へのコメントはありません。